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Magazine/ ニュートラをめぐるテキスト

Column

2022.05.30 (mon)

ニュートラをさがして
伝統と新しい発想、遊びを大切に切りひらいていく

文・山根大樹(NPO法人おりもんや)

洋服ブランド「KOKONOKO」を立ち上げた際の展示風景

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第九弾は、障害のある人たちと、織物を通して協働するNPO法人おりもんやの山根さん。日々の活動を振り返りながら、伝統の織物づくりから見えてきた、現代における「仕事」のあり方について考えます。

何か、ばーんと大きく体を広げて深呼吸し、全身で生命を感じたくなるような、そんな縮こまってしまっている感覚が渦巻いている世の中。そんなときに、ニュートラというものが打ち出された意味は、福祉の分野だけにとどまらない気がする。

私たちは、鳥取県の弓浜半島で、江戸時代に盛んだった伯州綿づくり、機織りを仕事としている。新しい道具も使いつつ、多くは古い道具を直しながら、使い手一人ひとりに合わせて調整している。伝統や歴史というと堅苦しくも感じられるが、生きる営みが大きく支えられていることは当然の事実。織りは庶民が畑仕事の合間などに行い、一日一日暮らしを積み重ねて伝えてきたことだと思うと、後に残そうという強い気負いではなく、のびのびと日々を過ごし、大きく息を吸って体に染み込ませながら続けていくスタンスがいいのではないかと感じている。

毎年5月に行う伯州綿の種まきの様子

仕事は機織りだけではなく、綿繰りや紡糸、地元の植物を使った草木染、結び織り、刺し子や糸巻きなどがあり、畑では伯州綿も育てている。1枚の布が織り上がるまでの工程に、何人もの方が作業に関わることができるところがいいと、この仕事ははじまった。次の作業をする人が仕事をしやすいように、思いやりをもって作業を行う。私たちはこの“他者への想像力をもつ”という姿勢をとても大切に思っている。

「仕事展」で行った縁側での刺し子実演

好きなことや得意なことを伸ばしていこう、苦手を克服しようと積極的に取り組まれる方もいる。また、失敗から新しいものが生まれたり、その人にしか表せない「味」のような個性を見出したりすることもある。
修正すべきところは何度もやり直し、「これは面白い!」と、当初のデザインからは考えられないようなアイデアが出たときは、作品として生かすことも多い。それは、織り手とスタッフとの共同作業とも言えると思う。素材を生かす製品づくり、そしてその打ち出し方などを、私たちも一緒に働きながら考えていく。メンバーの取り組みや、身近な協力者、お世話になっている全国の方々とのつながりから、少しずつ、確実におりもんやは拡張していっているのだと感じている。

手仕事のよさは、一人ひとりのペースででき、やり直しがきくこと。その日の空気や感情みたいなものも入ってしまうところ。癖も影響し、実験もできる。いい意味で、ゆらぎや遊びがある。ほがらかに、のびのびと、おおらかに仕事ができるのが最高だ。そんなふうに言うと、時代錯誤に聞こえるかもしれない。だが、とてもほっとするのは私だけではなさそうだ。なるべく力を抜いて仕事ができることが理想だと思う。これからは、人間のわがままを押さえて自然を守っていく、一人ひとりの命を同じように大切なものとして戻していく転換期。ニュートラは、手仕事をきっかけに意識ごと変えていこうと、周囲を巻き込んで転がっていくのだろう。

山根 大樹(やまね・だいき)

NPO法人おりもんや施設長。ジーンズショップで経験を積み、米子文化服装専門学校にて服飾を学ぶ。その後洋服・雑貨・レコードなどを揃えるセレクトショップを経営。そこで多様な交友を広げ、人の優しさを知る。そして自分の未熟さも知り店を畳む。2017年に、おりもんやに拾われ息を吹き返し丸5年。とにかく小さくまとまらず、感覚を解放して働きたい。

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