本サイト内のどこかに
音の出るポイントがあります。
音無しでもご覧いただけます。

or

Magazine/ ニュートラをめぐるテキスト

Column

2021.02.01 (wed)

ニュートラをさがして
産地・つくり手・使い手のつながりをつくり出す柔軟な姿勢

文・井上愛(NPO法人motif代表)

びしゅう産地の参観日オンライン Photo: 尾州のカレント

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第三弾は、愛知・名古屋を拠点に、福祉施設と地域のものづくりを結んできた、NPO法人ひょうたんカフェの井上さん。福祉×伝統工芸の実践者が語るものづくりの現場とはーー。

これまで、障害のある人と一緒に織りものに取り組んできた。伝統工芸と福祉の関わりに興味を持ったのは、5年ほど前、地元・愛知にある有松絞りの久野染工場に、障害のある人と関わったことからはじまる。そのとき、絞りの技法を試すなかで、参加した一人の耳の不自由な人の絞りを見た職人が、さっと表情を変え、前のめりになったのをよく憶えている。以来、伝統工芸と福祉のあいだで何ができるかと考えてきた。

その後、鳴海絞りのこんせいと出会う機会があり、距離的にも近い福祉施設・ニコニコハウスを紹介して協働の機会をつくった。いまでも、双方の関係は続いており、障害のある人がつくった「竜巻き絞り」の手ぬぐいやハンカチ、市長の服が販売され、好評を得ている。

両者の協働を間近で見て思うのは、「“一緒に何かできそう”と思える出発点」をどうつくっていけるかということ。絞りにおいては、色の濃淡をきれいに出すため、ぎゅっと硬く絞ることが推奨されるが、ひょうたんカフェに通うダウン症の女性の絞りは、ぼんやりと染まる。本人たちはそれを「かわいい」と言い、それを聞いたこんせいの職人は、「そういう自然な染めもありかもしれない」と発想を変えてくれた。伝統工芸と福祉の協働を考えるとき、こうした柔軟な姿勢が要になる。

最近、注目しているのは、尾州織りの産地にある木玉毛織さんの、空き工場を拠点とする「尾州のカレント」だ。尾州織りは、尾州を含む現・愛知県北西部を中心として発展した織りもので、古くは奈良時代から続いている。伝統のものづくりが生き、日本最大の洋服・生地の産地でもある尾州を「元気にしたい」と願う木玉毛織の社長さんの想いが、尾州のカレントの取り組みへとつながっていった。いまでは、尾州で働く人たちが企業を越えて連携し、土地の魅力やものづくりを発信するような、ユニークな活動体になっている。

例えば、ライブ配信でオンラインストアのオーダーを取ったり、Instagramを通して産地めぐりを行ったり、食のイベントに参加したりしながら、さまざまな角度で新たなファンを獲得している。また、メンバーそれぞれの本業となる技術を、デザイン・企画・製造・流通・広報などの部門に配し、チームワークとしてのものづくりを進めていて面白い。

ここにも共通するのは、分野を超えた柔軟な取り組みであること。そして「部活」のような、余白ある時間のなかでものづくりを進めているということ。そうしたなかに、産地・つくり手・使い手の豊かなつながりを感じられる。だからこそ、産地のなかに新しい起点をつくっていけるのだと思う。

びしゅう産地の文化祭オープンファクトリー Photo: 尾州のカレント

井上 愛(いのうえ・あい)

障害者入所施設勤務時代に趣味として始め、その後手織り教室を3年経営。NPO法人ひょうたんカフェを設立。手織りを仕事にするべくショップや作家、ブランドやメーカーなどにつなげる(ふりや)役割を担う。2020年8月、NPO法人motifを設立。

Related Magazine

Column

2023.04.28 (fri)

ニュートラをさがして
ものづくりを再考し、ともに創造の芽を育んでゆく

文:水上明彦(さふらん生活園園長)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第十二弾は、愛知県名古屋市の福祉施設・さふらん生活園園長の水上明彦さん。デザイナーとの協働によるラグマット製作から見えてきた、人の手を感じられるものづくりとは——。

Read more

Column

2023.04.28 (fri)

ニュートラをさがして
「ヒト」「モノ」「時間」の関係を考えるNEW TRADITIONAL

文:森野彰人(京都市立芸術大学工芸科陶磁器専攻教授)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第十一弾は、京都市立芸術大学工芸科陶磁器専攻教授の森野彰人さん。福祉と伝統工芸のものづくりに芸術大学が関わることを通して、「藝術」がもつ本来の意味について考えます。

Read more

Column

2022.05.30 (mon)

ニュートラをさがして
工芸がもつ確かさによって、未来が更新されていく

文・山崎伸吾(ディレクター)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第十弾は、伝統工芸の技術やありようを、多彩なプロジェクト・企画を通し発信するディレクターの山崎伸吾さん。近年の「物」への社会意識に対する、ものづくりのアプローチとはーー。

Read more

Column

2022.05.30 (mon)

ニュートラをさがして
伝統と新しい発想、遊びを大切に切りひらいていく

文・山根大樹(NPO法人おりもんや)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第九弾は、障害のある人たちと、織物を通して協働するNPO法人おりもんやの山根さん。日々の活動を振り返りながら、伝統の織物づくりから見えてきた、現代における「仕事」のあり方について考えます。

Read more

Column

2021.05.01 (sat)

ニュートラをさがして
それをしないでは居られない人

文・川﨑富美(プロダクトデザイナー)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第八弾は、プロダクトデザイナーの川﨑さん。最近ある理由で絵を描きはじめたという川﨑さんが、福祉施設との協働を通して見出していったものとはーー。

Read more

Column

2021.05.01 (sat)

ニュートラをさがして
竹細工を通して見る、ものをつくる喜び

文・引地一郎(ワークプレイス ハイホー 管理者)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第七弾は、鹿児島の福祉施設「ワークプレイス ハイホー」の引地さん。地域の素材や文化、技術に目を向け、障害のある人たちの得意を生かすものづくりとはーー。

Read more

Column

2021.02.01 (wed)

ニュートラをさがして
手と機械、情報ネットワークが織りなすクラフトの未来

文・川崎和也(Synflux主宰/スペキュラティヴ・ファッションデザイナー)

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第四弾は、先端技術や資源循環の応用を通した衣服のあり方を模索する、スペキュラティヴデザイン・ラボ・Synflux主宰の川崎さん。デザイン研究者が実践するファッションと工芸の未来に寄与する試みとはーー。

Read more