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Magazine/ ニュートラをめぐるテキスト

Column

2023.04.28 (fri)

ニュートラをさがして
「ヒト」「モノ」「時間」の関係を考えるNEW TRADITIONAL

文:森野彰人(京都市立芸術大学工芸科陶磁器専攻教授)

photo: Takuya Oshima courtesy of Kyoto City University of Arts

さまざまなものづくりの実践者が“NEW TRADITIONAL”を綴る「ニュートラをさがして」。第十一弾は、京都市立芸術大学工芸科陶磁器専攻教授の森野彰人さん。福祉と伝統工芸のものづくりに芸術大学が関わることを通して、「藝術」がもつ本来の意味について考えます。

私がはじめて「たんぽぽの家」に行き、「アートセンターHANA」の活動に出会ったのは2016年のことだったと記憶しています。そこで目にした活動や彼らが生みだす作品の素晴らしさにトキメキ、胸踊るものを感じると同時に、自分たちがこれまで当たり前に行っている「アート(Art)」を考え直さなければいけないと思った瞬間でした。

私は京都市立芸術大学で陶磁器の実技を担当しており、いわゆる陶芸家、陶芸作家として作品の制作活動をしています。芸術大学の工芸科においては、美的創作物の制作、いわゆる作品と称されるものが重要視されます。これは一般的にもそう認識されているのではないでしょうか。ただ、素晴らしい作品を制作することを目的とすることは大事ですが、個人的には少し違うと考えています。作品の制作がまったく必要でないわけではありませんが、最重要ではないと思うのです。

「藝術(Art)」とは「藝」という「術(すべ)」を用いて、ヒトのあり方、モノのあり方、コトのあり方を探求し、ヒトとヒト、ヒトとモノ、ヒトとコトの新しい関係性を試行したり、ヒトとは何か? ヒトが生きるとは何か? ヒトの価値とは何か? ヒトにとっての社会とは何か?を考えたり、抽象度の高いものごとを模索するツールだと考えています。

芸術の「芸」は「藝」の常用漢字として一般に定着していますが、実は「芸」と「藝」はまったく違う意味をもつ文字です。本来、芸術は「藝術」と表記します。「藝」の文字は、草木の苗を植えている様子を表す文字で「ものを種える」の意味。つまり、「藝」は「人間の精神において、内的に成長し得る価値体験を植えつける技」を表します。大学に置き換えると「人に教育を通し、種を蒔くことで、豊かな教養が身につき、大きな花開く」といったことでしょうか。

では、一般的に芸術に使用されている「芸」はというと、もともとは農業用語で、「ゲイ」ではなく音読みで「ウン」、訓読みでは「くさぎる」という、「草を刈り取る」ことを意味する字です。「藝術」は、西洋の「Art」を日本語に表すときに相応しい言葉として、明治時代に西周によってつくられたと言われています。「Art」はラテン語の「Ars(アルス)」でギリシャ語の「Techne(テクネ)」に由来しており、「学問」と「技術」のふたつの意味を内包する言葉。漢字の国である中国では「藝術」は『後漢書孝安帝紀』に用いられ、「学問」と「技芸」を指していました。どちらも、自然に対峙する人間のもつ「技」や「技能」を意味する言葉です。

photo: Takuya Oshima courtesy of Kyoto City University of Arts

​​私は「NEW TRADITIONAL(ニュートラ)」の「TRADITIONAL」を伝統ではなく「時間」と読み取りました。ニュートラで実践されている「福祉×伝統工芸」や「ニュートラの学校」に、美的創作物の制作に偏った「芸術大学」が関わることは、「藝術」がもつ本来の意味をとらえ直すよい機会だと考えています。大学という「場」においては、「藝」の「術」を用い「ヒト」「モノ」「時間」の関係を考えることから、新しい「伝統」が生まれると思っています。

森野 彰人(もりの・あきと)

1969年京都生まれ。1995年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。現在、京都市立芸術大学美術学部教授、京都市立芸術大学芸術資源研究センター所長、IAC(国際陶芸アカデミー)会員。最近の展覧会に、2019年「永守コレクション特別展示 時空を超えたオルゴールの世界」(日本橋高島屋S.C/2019年)、「京都の陶芸展-5家17人の挑戦-」(しもだて美術館/茨城/2020年)、個展「おしゃべりな文様」(日本橋高島屋S.C/京都高島屋/2021年)など。1998年に第5回国際陶磁器展「美濃'98」銀賞、2007年に京都市芸術新人賞、2012年にタカシマヤ美術大賞を受賞。

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